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名もなき化生

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5月21日の模擬戦終了後の話。
対朱海嬢戦を終えて、生まれた葛藤と自己嫌悪。

ハァ…ハァ……

荒い呼吸が、耳に障る。

目の前には、血塗れた床に膝をつく彼女の姿。

その胸に突き立つ刃は、オレの手の中から伸びていて――



「――ッ…ァ…ハッ……」

夢。また同じ夢。

ここの所、毎夜続く…悪夢。

汗を拭うように髪をかき上げると、横たえていたソファから身を起こす。

原因は分かっていた。

朱海嬢と刃を交えた、あの試合

「あの試合で…オレは……」

小さく呟く。

―――気持ちが悪い。

テーブルの上のミネラルウォーターを無造作に掴み、飲み干す。

喉の渇きは満たされても、気分の悪さは変わらない。

ぐったりとソファに身を沈めて、闇色に染まる天井を仰いだ。

身体は起きても、夢とあの試合に囚われる思考。

―――彼女は言った。“とても人間らしい”と。

己だけでは存在すら維持できない、ツクリモノのヒトガタが、果たして人間らしいのだろうか。

―――彼女は言った。“獣である事でしか自分を保てない、だがそうして生きる事に後悔はない”と。

その在り方に信を持ち、己を貫くその姿勢は、壊れたオレにはヒドく眩しい。

―――“後ろ向きに歩むのは嫌だから”。その身を傷つける殺気の中、前へ…前へと彼女は進む。

すでにその身は満身創痍。いつ倒れてもおかしくない。

それでも彼女が歩みを止めないのは、己に負けたくないという想いから。

相対するオレにも、それはイヤという程伝わってきた。

…止めれたハズだった。

傷だらけになる彼女が膝をつくその前に、オレはその殺気をゆるめ、止めれたハズだった。

それでもオレは、力尽き膝をつくその瞬間まで、その身を蝕む殺気を抑える事が出来なかった。

彼女の折れない心が、眩しくて。

その真っ直ぐさが、眩し過ぎて。

法螺筑音の在り方を、否定する。

彼女が一歩進む度に、オレの中で何かが軋む。

だから、彼女が一歩近づく度に拒絶した。

そして――

ギリッ…と歯噛みする。その苛立ちは自身に向けて。

責めるように、戒めるように、頭に浮かぶ彼女の言葉。

“大丈夫よ…『殺気』でしょう?”

「違うっ…」

“本当に殺すべき相手でなきゃ、本気のそれを叩きつけたりしないわ”

「違うんだ……」

目前に迫り、その手が振りかざされたその瞬間に覚えた、感覚。

ソレは朱海嬢に、百鬼の面々に、向けるハズはなかったモノ。

例え、法螺筑音という存在を守る防衛反応だったとしても、向けてはいけなかったモノ。

―――殺意。

「オレはあの時、例え一瞬だったとしても…」

彼女を殺そうとしたんだ―――
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