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名もなき化生

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魂の改竄への決意と行為の裏側。
法螺筑音の心象世界でのやり取り。
「オレがオレである為のケリをつける」


そこは、古びた映画館の中のようだった。

並ぶ座席の群れの奥に、何を映すでもなく、ただただ白く光を放つスクリーン。

その光を浴びて、その高くなった壇上に一人の少年が座っていた。

「僕が僕を屠りに来るなんて、なんとも滑稽な話だね」

ぶらぶらと足を揺らしながら、冷たい笑みを湛えた感情を窺わせない表情を向ける少年。

「誰がんーな事言ったよ。勝手な推測で適当な事言ってくれんなや」

少年と相対するように、スクリーンとは正反対の出入り口に立つオレは、言葉とは裏腹のへらりとした笑みを返す。

「推測…ね。じゃあ説明してよ。魂の改竄までしようとしながら、僕の前に立つ理由を」

少年は壇上から降りると、さぁ!と言わんばかりに大仰に両手を広げた。その芝居がかった態度に一つ肩を竦め、オレは少年に向かってゆっくりと歩き出す。

「なぁに、至ってシンプルな理由だ…ケリつけに来たんだよ。“法螺筑音”である為の、ケリをな?」

その言葉を聞けば、少年は一瞬きょとんとした表情を見せた後、弾けたように笑い出す。

「…ふふ…なんだ、結局推測通りじゃないか。僕を消して君が成り代わ…」

「だから違うっつってんだろ?何回も言わせんじゃねーよ、オレのクセにバカなのか?」

言葉を遮るように悪態をついた所で、少年の目の前まで近づき、歩みを止めた。その顔にはおおよそ感情を感じさせるものはなく、向かい合い、睨みあう。

「…君が法螺筑音である為には、邪魔なんだろう?誰にもなれなかった、名もなき化物の僕が。法螺筑音として生きようとする君にとって、僕は障害でしかない。それぐらいは理解してるつもりだよ…僕の事だからね」

「…あぁ。そうして生きていく上で、このまま中途半端な状態じゃ居れねーってのも確かで、そいつをどーにかする為に来たってのは否定しねーよ……けどなぁ、だからってお前を消しにきた訳じゃねぇ。オレは、お前を“迎えに”来たんだよ」

オレの言葉に、少年は解せないと言わんばかりに顔をしかめる。
そんな事はお構いなしに、オレは言葉を続けた。

「お前、自分から消えようとしてただろ?闇堕ちの恐怖を感じ始めた辺りから、どーも妙だとは思ったんだ…今までどう足掻いても消えなかった希薄感が、無くなってたからな」

その言葉に、少年は自嘲めいた笑みを浮かべ、背を向ける。ぼんやりと、何も映らぬスクリーンを見つめながら、少年はしばし押し黙った。

「……僕が消えれば、全て済む話だからね。名を与えられ必要とされる君が、君である為に」

少年は振り返る。その表情は泣いているようで…けれど、涙は流れず笑みを湛える。

「羨ましかったよ、君が。君も僕のハズなのにね…何にでもなれて何にもなれなかった僕には、名すら与えられず必要とされなかった僕には…君と君を取り巻く環境が眩しかった。だから…君がこのまま法螺筑音として生きてくれる事を僕は願う。そこに、僕はもう必要ないだろう?だからこのまま、僕は消えーー」

「っざけんな…!違うだろ…?自分で言ったじゃねーか…オレはテメェで、テメェはオレだって!誰よりも法螺筑音でありたいと思ってんのはテメェだろ…!学園で生活して、百鬼の連中と連んで、翼と共に居たいと願ったのは、誰でもなくテメェ自身だろ!必要ない?消えれば済む?ふざけた事ぬかしてんじゃねーよ!」

少年は口を噤み、俺の荒い呼吸だけ響く。

「…ハァ…ハァ…もういいだろ?誰にもなれねぇなんて思い込みは捨てちまえ。オレがお前である以上、お前は“法螺筑音”なんだからよ」

呆然としたままの少年の頬に、涙が伝う。

「僕、は……オ、レは………生きた、い……筑音、として、いぎだぃ」

嗚咽が漏れ、 堰を切ったようの少年の涙が溢れ出す。その答えと様子に満足げに笑みを浮かべて、オレは少年の頭を撫でた。

「…行こーぜ?法螺筑音として、歩き出す為に、な?」

差し伸べたその手を、少年は恐る恐るに伸ばしながらも、しっかりとその手を握った。

もう迷う事も、惑う事もないだろう。本当の意味で、法螺筑音になったのだから。

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